concept

主宰・服部恒雄

牛窓・亜細亜藝術交流祭は20世紀後半1984年から9回開催されたJAPAN牛窓国際芸術祭の遺産と精神を引き継ぎ、21世紀に再び芸術を通じてアジアの若者たちの交流をはかり、若いアーティストを育てることを目的に復活、再開される。牛窓(岡山県瀬戸内市)は日本のエーゲ海と呼ばれるように、瀬戸内海と温暖な気候に恵まれ、古来から海外との交流も頻繁に行われていた土地柄である。特に朝鮮通信使は今にも多くの遺産を残している。21世紀の今、1984年に始められた「JAPAN牛窓国際芸術祭」、「牛窓国際ビエンナーレ」を、アジアの若者を育てるために牛窓・亜細亜藝術交流祭として再生される。『美しく豊かな自然と文化との関わりのなかで、21世紀に向けて、歴史に新しい創造的主張を書き残したいと願っています。そのためには我々はこの催しを5年10年という長期的視野のもとで、息長く質の高いものに積み上げて行きたいと思います。』

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総合ディレクター・花房太一

日本全国でアートプロジェクトの数が増加し続ける中、なぜ牛窓という土地で新たなプロジェクトを開催するのか。それには理由がある。牛窓の地には歴史があるからだ。1984年から9年間開催されていた「JAPAN牛窓国際芸術祭」のことである。この芸術祭へは、現在では大御所となっているマリーナ・アブラモビッチやダニエル・ビュラン、蔡國強など錚々たるアーティストが参加していた。しかし、彼らも当時はまだ若手の作家だった。今から振り返ると、先進的なアートプロジェクトだった。かつて芸術祭が開催されていた土地で、その歴史を確実に引き継いで行くことに価値を見出したい。歴史を引き継ぐこと、これがディレクターを任された私の使命だと思っている。

ここで今回の芸術祭の特徴を2点挙げておこう。
まず、20〜30代の若手作家の新作のみが出品されることだ。彼らの作品はまだ評価が定まっていないため、その作品が提示する問題についての「解答例」はない。その意味では、理解の難しい作品群だと言える。しかし、同時に「解答例」がないからこそ、鑑賞者には解釈の自由が与えられる。そして、私たちは鑑賞者が自由に作品を解釈し、芸術を楽しんでくれると信じている。鑑賞者の力を信じ、彼らに自由を付与すること、これが今回の芸術祭の目的の一つだ。
加えて、全体のテーマをあえて設けなかったことも、この芸術祭の特徴といえる。多くの芸術祭ではディレクターが全体のテーマを設定して、作品や作家を選出する。そこでは、鑑賞者はテーマに沿った鑑賞を方向付けられ、作品はテーマの枠内で解釈される。つまり、ディレクターが強大な権力を持ってしまうのだ。一方、若手ばかりが参加する今回の芸術祭ではテーマの設定が不可能だと判断した。テーマを設定したところで、その枠内に収まらない作品が出てくることが予想できたからだ。実は、テーマからこぼれ落ちる部分にこそアートの面白さがある。そこで、テーマに収まりきらない作品を制作するだけの力を持った作家を選出した。私は彼ら自身と彼らの制作する芸術作品の力を信じている。

今回の芸術祭は特に地域活性化を目的にしたものではない。芸術の力を信じて若手作家を選出し、鑑賞者に「生の芸術」を提示するだけだ。生まれ落ちたばかりの作品を自由に楽しんで欲しい。その経験が地域活性化に収まらない結果を生むと期待している。

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